娘が出産した事で、忘れていた私の最悪な産後を思い出します。
良くまあ、あんな日々の中、息子を育てられたものだと自分で当時の自分を感心するほどです。
もう離婚して7年になるので、思い出しても恨む気持ちは消えました。
元夫の事は、あれはいったい何だったのだろうという理解できない物体として思い出しているという感じですね。人ではなくて物体です。^^;
出産から子宮全摘出と子宮筋腫と卵巣摘出の手術後、全身麻酔から覚めた私に言った最初の一言が、「誰でも痛いんだよ!僕のお袋も痛みで豚のようにブヒブヒ叫んでたってさ。君だけが痛いんじゃないよ!」でした。
「良く頑張ったね」の代わりにこれです。そして、自分達の子供を産んだ私に、にこりとも優しい労いの言葉をかけることもなくイスに座っていました。
「もう帰っていいよ」と私は言いました。元夫は「断食して君の罪をお祈りする。」と言って病室を出て行きました。
この何分かの間に、私の頭の中でガラスが砕け散る音が鳴り響き、精神が崩れたのを覚えています。
ずっと後で言われました。
・この出産の時に、勝手に子宮を摘出した妻が許せなかったと。
・子宮摘出の手術にサインしたこの目の前にいる妻は、僕の妻になるべき人ではなかったと確信したと。
・あの時結婚した事を後悔したと。
君が神様を信じてさえいれば、どんな状況でも子宮は残せたはずだと真顔で言ってました。
まるで子宮を摘出した私には用はない言い方でしたね。
子宮摘出の事は2人で担当医から話を聞いて2人でサインしたはずなのにね。
バカな人。
娘は出産して今2週間経ちました。産後2週間かぁ。
私の時は、産後2週間で息子が入院しました。術後まだ体力も無い私は息子と小児病棟に移り、傷の治りが悪く、歩く度に傷口に痛みが走る身体で一人で息子の看病が始まります。
たまに元夫が様子を見にきます。私は、3時間おきのミルクの時間があっという間にきて休めないし傷口が痛いし辛いと訴えます。
元夫は、そんなウソをいっても無駄だよ。すやすや寝てるじゃないか。付き添いは楽に決まってる。と言いました。
なんの為に私はこの人の子供を命がけで産んだのだろうと、産まれて2週間の小さな息子が横たわっている小児病棟の簡易ベッドでとうとう熱を出したのでした。
出産1日目からこんな状態で育児が始まり2週間めで高熱を出した私だから、娘の幸せそうな産後2週間めの様子を聞くと、心から嬉しくてホッとします。
昨日は母になった娘の可愛い声が聞けました。夫婦で協力しながら子育てしている様子が伝わってきて、私まで幸せでした。
まあ、私がこんなに幸せに感じるのは、あの21年前の元夫という物体から受けた信じがたい経験があるからですね。
今日も話を聞いて頂きありがとうございました。
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